通り過ぎてしまった夏 前編

「カズ、シドニー行くんだ・・・」

「長い間、燻(くすぶ)っていたもんな」

「いいなぁ、新しい世界・・・いいなぁ」

 

2005年

ヴィッセル神戸で出番を無くしたカズは、南国シドニーFCに移籍した

当時ニートだった俺は、1999年クロアチアザグレブ以来訪れた

カズの海外挑戦に胸を躍らせた

 

「自分も何かをやってみたい」

 

犬と戯れるだけの日々を送っていた俺は、その日から人として生きる道を選んだ

しかしそれは、社会に出る事とは引き換えに

人生で最も大切なものを失う事を意味していたんだ

 

外に出れば草木が風に揺れ、22歳の青春は光の中で輝いた

胸の扉を開ければ、今もあの通り過ぎてしまった夏が蘇る・・・

 

[通り過ぎてしまった夏]

 

君は知っているかい?

現在、世界には2億7000万人

日本国内には、およそ70万人のニートがいる事を

どこにも所属出来ない孤独に、苛まれている人達がいる事を

 

それは恥ずかしい事でも、間違っている事でもない

俺もその中の一人、だった

 

いずれ誰もが通るであろう道

あの日、蛹(さなぎ)は孵化し蝶になろうとした

 

「ドアを開けて風の中へ」

 

俺の場合、通信高校中退(中卒)という学歴コンプレックスや

強迫性障害(心配症)があった事が主な原因になっていた

そう認識できたのは、随分後に心理学を勉強してからだった

 

社会復帰はそう簡単にはいかなかった

今は「復帰する事が全てじゃない」と言える時代になったけれど

当時は、会社で働く事が全てだという認識が当たり前だったと思う

昭和から平成へと時代を支え続けたのは、確かに労働力だった

 

バイトをしようと試みても

「同級生に今の有様を知られたくない」なんて言っては

成田から30分以上かかる、千葉や船橋まで行って日雇いバイトに登録

結局、現場が遠くて行けなかったり

面接の電話を架けるだけで、日が暮れてしまったり

 

他にもあらゆる方法で、俺は閉じ込められた

いや、自分自身で望んでいたのだろう・・・

 

家で犬と過ごすだけの毎日だった

雨の日も雪の日も、いつも一緒にいた

弟が出来たみたいに、思いやる気持ちを学んでいった日々は

俺を少しずづ変えた

そして、部屋を出る日は近づいていた

 

「カズ、シドニーFC移籍へ」

「四度目の海外挑戦」

ヴィッセル神戸で、出番を無くしていたカズがついに動き出した

 

中学生の頃から、何故かカズが好きだった

フランスW杯に行けなかったカズに、自分を重ねていたのだろうか

人に影響を与えるという力を、カズはどんなサッカー選手よりも持っていた

少なくとも当時の俺にとっては

 

自分も何かを成し遂げてみたい・・・

水面下で、いよいよ何かが溢れるような予感が体中を駆け巡った

 

そして年が明けた2006年2月、俺が大きく変わる出来事があった

町にいると、同世代の女の子達がベビーカーを押して話していた

22歳、子供がいてもおかしくはない年だ

しかし、俺が毎日犬と遊んでいる間に、バイトさえ出来ずに悩んでいる間に

同世代の人が結婚して、子供を産んでいるのを目の当たりにして

俺は人生で初めての焦燥感に襲われた

 

ニートは、埃被った脳をフル回転させて考えた

 

答えはこうだ

 

「大検を取って、まずは高校卒業資格を取ろう」

「そして行ければ大学に行って、就職をして結婚しよう」

 

俺も、皆が経験した事と同じ事をするんだ

同じ縁を分かち合えば、いつか皆に追いつけるんじゃないか

俺なりに出した模範解答だったと思う

 

1951年から続いていた大学入学資格検定(大検)

その前身である専門学校入学者検定試験(専検)は難関とされて

ラクダが針の穴を通るよりも難しいと言われたらしい

大検と聞くと今でも、「苦労の人」という言葉が思い浮かぶ

 

調べてみると、丁度良い事に旧大検は2004年で廃止され

2005年から「高校卒業程度認定」というものに変わっていた事が分かった

合格の目安も60%→40%と、格段に合格しやすい仕組みに変わっていた

求めよ、さらば与えんの如く

志す者に、広く門戸を開けようという文部省の計らいは

多くの人の人生に、変わるきっかけを与えてくれただろう

 

俺は受験日を2006年8月に決めた

あと半年しかない💦

(先生、ギリギリにならないと本気出さないタイプですよね)

 

こうなったら徹底的に過去問題をやって、問題で覚えよう

ちゃんと理解するのではなく、問題で覚えるという

一番やってはいけない勉強がその日から始まった

 

必死だった

もう少しで蝙蝠(こうもり)と友達になりそうだった

 

科目は全部で八科目

国語、世界史、日本史、現代社会、数学、生物、地学、英語

他は何とかなるだろう、しかし問題は数学だった

「参考書買って意気込んで、朝から晩までにらめっこ」

(何かの事業理念みたいですね)

 

しかし、俺達にはインターネットという魔法がある

今ほど普及していなかったし、スマホも無かったけれど

父の部屋のパソコンを使って、俺は取って置きのサイトを見つける

「数学ナビゲーター」である

このサイトは、掲示板形式でやり取りをしながら

分からないところを相談したりできるもので、俺は毎日入り浸った

 

そこでは基本が分からな過ぎて、多くの人に見切られてしまったけれど

中学時代、不登校だった俺を見捨てなかった数学の先生の様に

最後まで面倒を見てくれた親切な人達がいた

数学を通して、そんな優しい人達に出会う事が出来たのは

先生が見守ってくれたのかな

頑張ろうとする意志があれば、きっと誰かが助けてくれる

そんな人達に支えられて、試験に挑む日はやってきた

 

千葉経済大学で、二日間に渡り行われた試験

この半年間の想いを全て解き放つように、俺はペンを走らせた

そして、達成感と共に全日程を終える事が出来た

 

不安だった数学は何とかなった

ただ、得意の現代社会は時間配分を間違えてしまい

家に帰って採点したところ、40%にあと少しで届いていなかった

不合格も覚悟したけれど、その後に合格通知が送られてきた

 

実はこれには思う事がある

現代社会のテストが終わるときの合図で、俺はすぐにペンを置いた

俺が一番前の席で、泣きそうなぐらい悔しい顔をしていたのを

試験管は見ていた

他の人達はなかなか書くのを止めなかった

 

もしかしたら、試験管はそういうところを見ていたんじゃないかって

一度は社会に出た生徒達が、何かの為に必死になって頑張ろうとしているところを

文部省だろうが、テストだろうが、そんなものは全部無しにして

頑張った人は、全員合格にしたんじゃないかって

 

もしそうなら、世の中捨てたもんじゃない

この世界は本当は天国で、きっと彼らは天使なのだろう

稲毛の空に、遠く滲んでいく夕日を見ながら

俺はそんな事を考えていた・・・

 

後編へ続く