通り過ぎてしまった夏 後編

「君は歩いて行ける」

 

ここで、少し話が遡る

22歳の夏、人生で初めての受験勉強を始めた俺は

苦手だったアルバイトも出来るようになっていた

 

鎖から解き放たれた様な自由な世界

譲れない想いが、こんなにも人を変えるのか

俺は、当時ジャンジャンCMで流されていた某グッドウィル

成田空港や周辺倉庫の仕事に挑戦した

 

当時車やバイクが無かった俺は、就業現場を決めるのにかなり苦労した

毎回、いつもの担当者に電話を代わってもらって

目印のファミマの位置を確認したり、歩きで行ける行けない

ニートと営業の長電話が続く日は、互いに苦笑いだった

このときも勉強の時のように

最後まで世話をしてくれた人がいた事を俺は忘れない

(先生はさっきから、世話掛けっぱなしですね)

 

最初は、成田空港バス乗り場の仕事が決まった

当時の成田空港は一日約10万人、年間では約3000万人がが行き来する

日本最大の国際拠点だった

様々な人種が行き交う空港の華やかさの中では、誰も俺を見ていない

ここでは、本当の自分を出せるんだ

鮮やかに解放された空間で、俺は生まれて初めて周りを気にせずにいられた

 

大型の高速バスが次々に過ぎていく・・・

圧倒されて一瞬帰りたくなっても、堪えて現場担当者に電話した

少し年上の優しい男の人だった

18歳でこの会社に入ったからもう課長だよ、なんて言っていた

続けていれば誰でもなれるとよか、他愛もない話を聞いている事が

俺には嬉しかった

 

仕事はひたすら、待機所とバスの間を50m位ダッシュ

到着したバスにお辞儀をし、スーツケースを引っ張り出すというものだった

番号を読み上げるのが恥ずかしくて、声がちっさいと何度も怒られた

あーあ駄目だね派遣は、どうせすぐ辞めるんでしょとかそんな人もいた

けれど、今日は勉強しなくて済むんだからとか

片思いだった人を密かに想って、強くなってやるって踏ん張った

 

緑にライトアップされた夜の空港、この時間になっても仕事場にいる

ただそれだけで、働いているという実感が込み上げた

 

人と共に過ごしている

仕事をしている

俺にとって非日常

毎日が最後になっていく

 

誰かの話が続いた

インテリアコーディネーターやってたときは・・・

アパートがボロくてうちには鍵が無いの・・・

友達が携帯ショップやってて、一緒に私も・・・

眠りに落ちる前に聞こえてくる声のように、心地よく流れ続けた

 

三里塚の倉庫で働いた日は、兎に角迷った

同じグッドウィルの少年と「森にあるファミマ」で出会い、一緒に現場へ行く事に

二人だとやけに安心するから不思議だ

俺の方が少し先輩っぽかったから、引っ張って行かなきゃと彼を連れて走った

こっちこっち!良く分からない建物を上から下まで、棟から棟へ真夏に走った

 

もう時間が無い💦

朝九時になっても、自分達が何処にいるのか

そして、何処に行くのかさえも見失っていた

場所が分かり、現場に着いたときは十分遅刻だった

あのときの少年よ、すまん!

(頼みますよ先生)

 

その日俺は休憩中に、背中を思いっきり蜂に刺されて痛かった

「イデェー!」って

別に、井出さんを呼んだわけじゃない

それは、勉強ばかりじゃなく昆虫採集でもしなさいと神様がくれた時間

振り返ると笑える夏の思い出

 

帰り道

相乗りで「送る送る!」言ってくれるやけに親切な人を振り切り

俺は、近くの駅まで歩いて行く事にした

 

千葉県の地図を広げて、目指すは芝山千代田駅

ジャンボジェット機が立ち並ぶ異様な景色を脇目に

何度も角度を変えながら、同じ場所を行ったり来たり

空港警備に怪しい目で見られながらも、清ました顔で通り過ぎる

夏の気温に大地が歪んで、もう完全に迷子になっていた

(多分、狐の仕業ですよ先生)

 

後に、車で通る事になる道は歩くには遠すぎた

ドラマのワンシーンのような風景は、今でも胸に焼き付いている

 

何とか持ち直し、国道62号が見えたときはほっとした

その後も田舎の長い道のりが続いて

最後のトンネルを過ぎて駅に着いたときは、もう夜だった

あのとき何度も「送る送る!」と言ってくれた人の言葉の意味が、ようやく分かった

 

丁度電車が出る合図

「早くしなよ、電車止めてるから」

親切な駅員が電車を止めてくれた

しかし、切符の買い方が分からなくて焦る

 

「先に電車走らせて下さい」

俺は言った

しかし、それでも強引に止めてくれた

「良いから・・・大丈夫だから・・・」

 

俺は電車の中で考えていた

駅員は、母方の叔父さんに似ていたなって

俺にはそういう不思議な経験が他にもある

祖父に似ている人や、母に似ているような人が現れてピンチを助けてくれた事が

後で分かったけれど、その電車に乗り遅れたら一時間は無かったらしい

 

六年後、俺はさっきの空港バス乗り場の仕事をやる事になり

この駅員のように急いでいる人の為にバスを止め、チケットを買いに走る

そんな仕事をする事になった

この時の縁がパズルとなって、再び人生に重なり合う日が来る事を

きっと運命は知っていたのだろう

 

乱反射する太陽

歩き続けた入道雲へと続く道

若さ故に、ひと際輝く夏だった

 

高卒認定の合格とグッドウィルの経験のお陰で

空白期間たっぷりの俺も、履歴書に自信が持てる様になった 

調べてみると高卒認定や大検を持っているのは

女優の杏、吉永小百合、他にも会長や作家など凄そうなメンバーも多い

(きっと皆、待っていたんじゃないですか)

 

秋が来て

俺は、音楽や映画好きを活かせるレンタルビデオ店でバイトを始めた 

そのまま社員になって18万ぐらい稼いで

大人になっていくのかなと思い始めていた 

勉強をやり遂げた俺からは、もう焦燥感は消えていた

それで良かったのだろう

気が付けば俺はニートを脱出していた

そしてその冬、俺はペットロスを経験した

 

俺は後悔した

人としての道に目覚め、勉強し人を愛する夢を見て、自分の未来ばかりに思い馳せて

一番大切な友達を失った

最後にそばにいてあげる事も、手を握ってあげる事もせずに

俺は明日のバイトの事を考えていた

 

最後まで一緒にいたかった

まだ大丈夫と、自分を欺瞞(ぎまん)した

自分の犬だけは、ずっと生きていけると信じてた

一人で怖い思いをさせてしまった

さぞかし寂しかっただろう

俺は部屋にいたのに何も出来なかった

自分が許せなかった

学歴なんか意味ないよと、合格賞を破ってしまいたくなった

けれど出来なかった

それは犬が命に代えて、最後に俺に残してくれたものだから

 

俺はバイトを辞めた・・・

 

二度とこの家を離れないと誓った俺は、安らかな日々に帰っていった

俺は自分自身を閉じ込めた

「これで良いんだ」

 

失った時間を埋める様に、俺はピアノを弾いた

楽家になれば家にいられる

音楽は心を癒し、新しい恋もした

やがて夢は、作家へと変わっていった

 

想像の世界では、思い描いたもの達が自由に広がって

どんな凄いシーンでも、笑えるシーンでもイメージ出来るんだ

俺は来る日も来る日も、そんなシーンを想像した

 

そう自分が主催するW杯をやって、バッジョやリティの祝福の中で

カズがゴールを決める場面さえも・・・

それだけで、何故か涙が溢れて来るんだ

それだけで、幸せになれるんだ

 

少しずつ日々は昇華していった

行き場のない俺にも、図書館という居場所が出来て

悲しみが込み上げてはそれを抑えて

色々な本を手に取れば、それだけで夢に近づけると信じてた

やがて、社会と関わる事にも慣れていき、情熱と共に悲しみは去っていった

 

俺はようやく悟った

あの日、何故俺が外の世界に飛び出したのか

そして魂の約束を

 

あの日、俺は部屋を出て勉強にバイトに走った

そこで世話をしてくれた人達、助けてくれた人達の優しさを感じた

それは俺が犬に与えた優しさ

犬と共に過ごした日々そのものだった

俺は与えた想いを受け取る為に、あの日外の世界に飛び出したんだ

俺は、犬がどう感じていてくれたかを知った

きっと毎日が嬉しかっただろう

 

いつも一緒にいたね

引き籠りの俺と友達になってくれたね

君が掘る穴を俺がいつも埋めたね

何度言っても雪を食べて、震えるのを止めなかったね

散歩に行けなくて、お母さんが帰るまで一緒に待ったね

庭でサッカーをしてる俺のそばにいてくれたね

最後に一緒にいてあげられなくてごめんね

毎日が宝物だったんだね

 

それは生まれる前にした魂の約束

 

落ちぶれた俺は引き籠り、犬と過ごした

弟が出来たみたいに、思いやりを学んでいった

夢を見た俺は、この部屋を出て人生に目覚めていった

そして俺が強くなったとき、そのときはお別れしよう

 

「それまでは僕が一緒にいるから、きっと強くなるんだよ」

 

「俺達なら出来るさ、きっと」

 

それが俺達の魂の約束だった

俺はようやく自分を許す事が出来た

 

心理学にアルフォンス・ゲーテンの

「12の悲嘆(ひたん)プロセス」というものがある

 

1精神的ショック

2否認

3パニック

4怒り

5恨み

6罪悪感

7空想、思い込み

8孤独、うつ

9無気力

10受容

11ユーモア

12新しい自分への立ち直り

 

やがて全てが優しさに変わったとき、俺は再びこの部屋のドアを開けた

あの通り過ぎてしまった夏の続きを、もう一度歩き出す為に

あれから、六年の歳月が流れていた・・・

 

END

 

ニート、引き籠りには、世間とは別に歩むべき道がある

世間との縁を切ってでも感じたい幸せが、成し遂げたい使命が

孤独と向き合う日々は決して無駄じゃない

生きているだけで、人生には無限の価値がある

家族といる時間を、一日一日の出来事を大切に生きていってほしい

十年後、二十年後、君は自分の道を歩いているかい?