THE BRAZIL~サッカーに導かれた青年~

1985年 ブラジル リオデジャネイロ 

 

~リオの公園に、夢を諦めかけた一人の若者がいた

しかし、破れたボールを裸足で追いかける子供達を見て

彼はサッカーへの情熱を取り戻したという

二年後、彼はパラナ州SEマツバラと契約しレギュラーとして活躍

南部三州リーグ優勝に貢献し

やがて日本中の視線を浴びるその日へ向け、静かに光を放ち始めていた~

 

そしてこの地に、サッカーを夢見る

新たな日本人の青年がやって来た・・・

 

<THE BRAZIL~サッカーに導かれた青年~>

 

1987年 ブラジル パラナ州カンバラ

 

広大な面積を誇る綿畑が大地を埋め、遥か地平へと伸びていく

神様がサッカーの楽園を創るなら、きっとここに違いない

 

ブラジルの奴隷制度が廃止された19世紀後半以後

政府は新たな労働力として、パラナ州に多くの日本移民を受け入れた

過酷な労働環境、迫害に耐えた彼らは

やがて自らの道を切り開き、この地に種を蒔いた

 

種は大いなる実りを齎(もたら)した

綿の栽培で大農場主となった松原スエオ

通称ファゼンダ松原は日系移民の象徴となり

彼はこの地に、SEマツバラというサッカーチームを創設した

 

若手育成に力を入れるこのチームでは、宿舎や食事など

生活に必要な物は全て無償で用意されており

約60人のユース世代の青年達はお金の心配をせずに

サッカーに専念する事が出来る

 

人は強い想いさえあれば、在るべき場所まで導かれていく

本当はこの世界に、お金なんて必要無いのだろう

 

月日が流れた・・・

 

多くの日本人留学生が、サッカーを求めてこの地を訪れた

そして、青年今泉幸広はやって来た

 

彼はひと際背が小さく、スピードも遅い

技術では太刀打ち出来ない程の、圧倒的体格の不利が立ちはだかった

誰がどう見ても、プロにはなれそうもない

しかし、彼はサッカー王国ブラジルに挑んだ

 

サッカーが好きだから

サッカーといえばブラジルだから

サッカー少年の憧れだから

 

見るに堪えない

来る日も来る日も、泥まみれで転がった

諦めそうになった、その度に何度も立ち上がった

泣いた、慟哭(どうこく)した

彼は戦い続けた

決して自分の夢から逃げる事は無かった

 

「監督、僕はあと何年ここに居ればプロになれますか?」

 

「あと2年やれば必ずプロになれる」

 

監督は、強く、優しい眼差しで彼を見つめた・・・

 

「本当ですね!?良かった!僕はプロになれるんですね!?」

 

「ビザを延長すれば、あと3年はいられるんです!」

 

「やった!僕はプロになれるんだ!カズさんみたいになれるんだ!」

 

カンバラの町に灯が灯る

ここは遠い遠い場所

彼は大観衆の前でゴールを決める自分を想い浮かべては

星を見つめた

 

やがて2年が過ぎ・・・

 

3年が過ぎて・・・

 

5年が経った頃、彼は日本に帰国した・・・

 

Jリーグ夜明け前

1992年日本サッカーリーグ

 

強豪、清水エスパルス36名の中に彼の名前はあった

名将エメルソン・レオンの元に集う強者達の中で

彼は長谷川健太沢登正朗らと鎬(しのぎ)を削った

 

しかし、最後まで試合に出場する事は無かった

奇しくも、日本サッカーがプロ化される一年前まで来ていながらも

彼は現役を引退した

 

その後彼はチームに残り、通訳としてJリーグ黎明期に貢献

現在も清水エスパルスで、青少年の育成に従事している

 

夢は叶わなかった

しかしプロになりたいという彼の想いは、ブラジルでの貴重な経験となり

35年経った今でも、途切れる事の無いサッカーとの縁を結んだ

 

強い想いが行動となり、そして行動が結果となる事を証明した

夢は諦めなければ、必ず何かしらの形になって叶うものだから

 

現在、SEマツバラは無い

きっとその役目を果たし終えたのだろう

 

SEマツバラの意思を受け継いだ、あの日の青年達は

その後世界中に散らばって、それぞれの地に種を蒔いた

いつかカンバラの風にそよぐ綿花のように

強く優しい夢達が、空へと咲き誇る未来を信じて・・・

 

END